2017年4月19日

マニュアルにないサプライズを生むANAのサービス現場の裏側 ー お客様と従業員を同時に幸せにする、徹底した現場主義とは?

ANAが「現場が第一」の考えのもと、ワークスタイル改革や最新テクノロジーの積極的な導入を進めているのはご存知でしょうか?今回は、お客様と従業員にサプライズを提供するサービス現場の裏側に「システム開発」という切り口で迫ってみました!


こんにちは!in.LIVE編集長の田中です。
以前、アステリア社長のブログにて、こんな記事があったのをご存知でしょうか?

人をHAPPYにするIT@空飛ぶ誕生日

シンガポールを始めとする世界各国の拠点と日本の行き来で、月に何度もANAの飛行機を利用している平野社長。先日、自身の誕生日に搭乗したところ、チェックインカウンターやラウンジ、そして機内にて様々なサプライズがあったというのです。その中でも心奪われたのが、こちら。


これ、搭乗チケットに「HAPPY BIRTHDAY」という文字が並んでいるんです!

見過ごしてしまいがちな小さなサプライズ。ですが、実際に空港係員の方に聞いてみると、これは現場からのアイデアで、つい数ヶ月前に始まっていたとのこと。 「システムの人が対応してくれて嬉しい」と、現場のスタッフの方が喜んでいらっしゃったのが印象的でした。

システム部門では思いつかない現場ならではのアイデア、そしてそれをスピーディーに実現するシステム部門。こんな「人を幸せにする」素敵なサプライズを生んでいる開発の裏側の話が聞いてみたい!

… というわけで、今回は汐留にあるANA(全日本空輸株式会社)の本社にやってまいりました!

徹底した現場主義から生まれる、プラスαの「マジック」

さて、今回お話をお伺いするのは、ANAの業務プロセス改革室、イノベーション推進部の部長で、デジタル・デザイン・ラボの担当部長を兼任されている荒牧秀知さんです。

荒牧秀知(あらまき・ひでとも)さん
全日本空輸株式会社 業務プロセス改革室 イノベーション推進部 部長 兼 
デジタル・デザイン・ラボ 担当部長 (2017年3月取材時)

1988年ANA入社。羽田空港、東京支店、営業本部、ロサンゼルス支店、営業システム部、グローバルレベニューマネジメント部など歴任し、現職。これまで10人の部下が育児休業取得後、職場復帰しているイクボス。家族は妻と3人の子供の5人家族 (大学生、高校生、中学生)。週末は地域のサッカーチームのコーチとして小学生とサッカー三昧 & 妻とともに市民農園での野菜作りを楽しむ。



荒牧さん、本日はどうぞ宜しくお願いします!
早速受付から、空港のチェックインカウンターのような雰囲気にテンションが上がってしまいました!

初めて来られた方は、皆さんそうおっしゃいます(笑)。ちなみに今日の会議室は「ニューヨーク」ですよ。では、どうぞ宜しくお願いします。
ではまずはじめに、今回の「HAPPY BIRTHDAY」チケットはどんな背景で生まれたのですか?
2015年秋から導入したAmadeusという新システムで、ボーディングパスへの印字が可能となりました。何を印字するかは空港部門の運用に任せています。今回の印字は羽田空港のコンシェルジュが上級会員様向けのサービスの一環として実施したようです。

ANAには「マニュアルを超えたお客様へのサプライズ」という意味での“マジック”という社内用語があります。各部署でどんなマジックができるか?ということが話し合われているのですが、今回はそれらをシステム面から応援したかたちです。各部署で考案したマジックが連続で行われて、平野社長へのバースデー・サプライズになったんですね(笑)。
マジック!なんて素敵な響き。
現場の方たちの想いから生まれる、プラスαのサービスなんですね。 フリーフォーマットで文字が入れられるということは、HAPPY BIRTHDAY以外にも文字が入ることがあるのですか?
そうですね。まだ他の文字を入れた話は聞きませんが、いろんな応用ができそうです。
でも、一般的に現場スタッフの方からの声って、なかなかシステムの部門まで届きにくかったり、届いても実現の優先順位がどうしても後回しになったり、ということが多いと思うのですが…

現場の声を吸い上げるために、ANAのサービス開発現場では、どんな工夫がなされているんでしょうか?
私たちの会社は「現場が第一」という考えが、染みついているんです。
日常の業務調整の場を数多く持つことはもちろんですが、人事制度の仕組みからの影響も大きいですね。例えば、何年もITに携わっているシステム部門の人間が、数年間、羽田空港の現場マネージャーとして派遣されることもあります。また、その逆もあります。

現場を知るための人事異動が意識的に、かなり頻繁に行われているので、そうした人材交流の中で現場の声を聞く、悩みを知るということも大切にしています。

ほかにも、CS推進部には年間数万件ものお客様の声が寄せられます。お叱りの言葉、お褒めの言葉から新たなアイデアが生まれることもありますね。
徹底した現場主義とはこのことですね… 
ちなみに、今回の「HAPPY BIRTHDAY」チケットのように、現場のリクエストから生まれたプラスαのサービスは、他にもあるのでしょうか?
もちろん沢山あります。 例えばこれはシステムではないのですが、飛行機に搭乗する際にゲートに「改札機」がありますが、これ、バーコードをタッチする場所が一見わかりづらいとの声がありました。

見たことあります!
うーん、たしかに。スタイリッシュなデザインゆえ、パッと見た感じだと少しわかりにくいかも。
これも100人単位のお客様が搭乗するとなれば、都度ご案内することで、積もり積もって、かなりのタイムロスに繋がってしまうんです。そこで、一部の空港でこの読み取り部分にデザインを施したシールを貼ってみました。

へー!可愛い!これは空港ごとに違うデザインなんですか?

そうです。お客様にご好評いただいたので、その後、全国の空港に導入されることが決定しました。今では全国49都市、49種類のデザインがあるんですよ。

そう言われると、なんだか制覇してみたくなります!
そうでしょう? 大規模なシステムを導入せずとも、こうしたシールを貼るだけの簡単な工夫ひとつで、現場で起きている小さな問題を解決することはできる。こうしたことも、現場とスタッフ部門が一体となって進めています。

最新技術を既存のサービスにどう活かす?
ー ANAのデジタル・デザイン・ラボの存在

一方で、最近ANAでは「VR(拡張現実)」や「ドローン」など新たなテクノロジーを活用した取り組みも多くされていると聞きました。 こうした取り組みも、荒牧さんの部門で対応されているのですか?
そうした取組みは「デジタル・デザイン・ラボ」という組織を中心に行っています。
私は担当部長を兼務しているのですが、異なる部門から5人の専従者が選出されて関わっています。

デザイン思考などを積極的に取り入れて、既存のシステムなどとは繋がっていない分野において新技術とビジネスニーズのマッチングを行い、旧来の発想ではできないことを新しいチームで取り組もうという考えをもとに一年ほど前に結成されました。
「デジタル・デザイン・ラボ」から生まれた取り組みにはどのようなものがあるのでしょうか?
例えば、航空機の整備点検作業のひとつに、ドローンを使う実証実験などをしています

機体って、高いところだと地表から約20メートル近く、ビルの6~7階に相当するような場所なんですね。これをドローンを飛ばして撮影することで、短時間でデータ収集ができます。エアロセンス社の協力のもと、2月の実証実験は大成功でした。

参考動画:SankeiNews


ドローンを使って点検!確かに、通常であれば足場を作って、スタッフの方が点検して…とかなり時間もコストもかかりそうですよね。 それらも「ドローンを使って何かできないか?」という発想からスタートしたのでしょうか?
そうですね。なんせ基幹システムとはつながっていない新しい技術分野の話なので、このデジタル・デザイン・ラボがうまく立ち上がっていたからこそ出来た取り組みでもあります。


ほかにも、宮崎空港内でロボットのPepperを使った実証実験などを行ったり…
案内をPepperがしてくれるんですね。そういえば、見たことあります!
そうそう。でも空港は広いので、Pepperを一つの場所に固定して案内させるより、時間を指定して異なる場所で異なる案内を担当させたいということで、人をよけながら空港内を自走する実証実験をペッパーを使って実施しました
え!動き回っているペッパーなんて見たこと無い!
ですよね。宮崎空港で実施したのはソフトバンクロボティクス社のPepperにマイクロソフト社のホロレンズを組み合わせた実験です

これはまず、ホロレンズにターミナル内のマップを読み込ませ、Pepperのセンサーも活用して位置情報を把握しながら移動する機能を実現しました。実現に当っては、新日鉄住金ソリューションズ社にご協力いただきました。

参考動画:共同通信社


Pepperがホロレンズを装着!これは見ているだけでも楽しいですね。目的の場所にロボットが案内してくれる時代も近いのか… でも、こうした技術を取り入れることで、既存のスタッフの方のお仕事がなくなってしまうなんてことはないんでしょうか?
それはないですね。このPepperの場合は、これまで現場スタッフたちが「やれる範囲でやっていたこと」、また「やりきれなかったこと」をテクノロジーで解決しているんです

そうした仕事を最新の技術が代わってやることによって、スタッフたちはより付加価値の高い仕事ができるようになる。仕事の負担も減り、より良いサービスをお客様に提供できるようになると考えています。
冒頭では、テクノロジーを使ってお客さんを幸せにするということに触れていましたが、こうしてみると、現場の従業員の方を幸せにすることが、結果的にお客さんの満足度向上や「ANAマジック」にもつながっているんですね。
まさにそうです。 そういう意味でも、現場に足を運ぶというのはお客様を見る、ということと同時に、従業員からの小さな声を沢山拾い上げるという目的もあります。
そんな声の中から「システムで解決できることはないか?」と常に模索していますね。

テクノロジーを活用したワークスタイル改革!
ー 世界で最も早く、全客室乗務員にタブレットを配布


では、従業員の方をテクノロジーで幸せにするという部分で、ここ数年で進められていた「ワークスタイル改革」について教えていただけますか?
私たちがここ数年でやってきたワークスタイル改革は「いつでもどこでも仕事ができる」環境づくりです。

ANAは汐留にある本社の他に、成田空港や羽田空港にも大きな拠点があり、行き来しているメンバーにとっては、自身のデスクでないと必要な情報にアクセスできないというのは大きな負担になっていました。 そこで、仮想デスクトップを整備したり、電子文書管理システムやGoogle社のG Suiteなどのクラウドサービスを活用して、どこからでも情報にアクセスできる環境を作ってきました。
リモートワークができるようになったということは、在宅での勤務も可能になったのでしょうか?
そうです。 ワーキングマザーも多い会社ですので、これができるようになったことで随分働き方が変わりましたね。実際、IT部門でも育児休暇をとって復帰した女性の社員は数多くいます。 そうしたメンバーは社内で自発的にコミュニティを作り、子育てをしながらの復職やキャリア開発について情報交換をしたりしているようです。
なんと羨ましい!ロールモデルがいることで安心して仕事ができますね。女性社員の方といえば、本社だけではなく、客室乗務員の方なども多くいらっしゃると思いますが、そちらでもワークスタイル改革は行われているのでしょうか?
もちろんです。 ANAは、世界で最も早く、すべての客室乗務員やパイロットにタブレットを配布して、業務プロセス改革を実施してきました。
そうなんですね!
具体的にどういった用途での導入だったんでしょうか?
一番大きな目的は「マニュアルやトレーニング教材の電子化」ですね。これまで紙で配布していたマニュアルを電子データ化したり、集合研修で行っていた教育を動画教材化して、いつでもどこからでも見れるようにしたり。

人を一斉に集めなくても良いので時間的なコストが削減できたほか、動画で学べることで、より理解度も深まりましたね。

社内でのシステム導入で大切にすべきこと
ー 「IT思考」→「ビジネス思考」への転換


現場から声を吸い上げて様々な改善を行っている荒牧さんですが、システムを導入したり作ったりする中で、注意していることはありますか?
端的にいうと、作りたいと言われたシステムを言われたままに作るIT思考から、「なぜそれが必要なのか」「どんな風に仕事を変えたいのか」をしっかりヒアリングして解決策を導き出すビジネス思考への転換でしょうか。

システムを使って活用できることもあるけれど、大幅なシステム改修をしなくてもちょっとした仕組みを変えるだけで改善できることもあります。そうしたことを引き出し、自社のシステム開発のみならず、よりオープンな他社サービスなども活用しながら提案をするように意識しています。
なるほど。でもANAほどの大きな組織で、オープン系の他社サービスなども活用されているというのは意外に感じました。
もちろん、クオリティ、コスト、納期、セキュリティ対策といったバランスを考えながらです。あとはやはり、繰り返しになりますが「ユーザーがどれだけHAPPYになれるのか?」「従業員視点でどれだけ負担が減るのか?」という現場の声をしっかり聞くことでしょうか。
現場の声を積極的に聞く上で、荒牧さんが大事にされていることはありますか?
何より、自分自身が現場に足を運ぶことです。
当社では多客期など年に数回、空港の現場を手伝うボランティアをスタッフ部門から募集するのですが、私も参加するようにしています。 システム部門から来たなんていうと「ちょっとこのシステムを見てくれませんか!」と現場スタッフに捕まることもしょっちゅうです(笑)。

ですが、そうした中でのコミュニケーションはとても大切だと考えています。

いざヒアリングしようとしても1から100まで聞くことはできませんから。
やっぱりこうしたコミュニケーションを通じて、日頃から信頼関係を構築しておくことも重要ですね。もちろんクレームも多いので、日頃から謝ってばかりなのですが…(笑)。
そうしたことが「HAPPY BIRTHDAY」と印字された搭乗券につながり、お客様の感動やサプライズを生んでいるんですね。

マニュアルにないサプライズを生むANAのサービス現場の裏側に行ってみた!まとめ


以上、いかがでしたか?

今回「HAPPY BIRTHDAY」の搭乗券をきっかけにお話を伺わせていただきましたが、現場で取り組んでいるワークスタイル改革や最新テクノロジーの積極的な導入は、想像以上に前衛的かつ、スピード感のあるものばかりでした。

ANAでの様々な実証実験や取り組みについては、こちらの「What’s Up? ANA」でも日々公開されています。

大きな組織になるほど現場の声は届きにくいのでは?という予想を裏切るお話の数々。そうした声から生まれた沢山の「ANAマジック」にも沢山触れていけることを、一ユーザーとして、これからも楽しみにしています!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

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この記事を書いた人
田中 伶 アステリア株式会社 コミュニケーション本部・メディアプランナー。 教育系のスタートアップでPRや法人向けの新規事業立ち上げを経験。話題のビジネス書や経営学書を初心者向けにやさしく紹介するオンラインサロンを約5年運営するなど、難しいことをやわらかく、平たく解説するのが得意。台湾情報ウェブメディア編集長も務める。