2018年5月14日

「狼と香辛料」作者・支倉凍砂さんに聞いてみた!ブロックチェーンから「逸話」は生まれるのか?【対談】

経済を取り巻く様々な問題を題材にし、大ヒットしたライトノベル作品「狼と香辛料」。多くのファンを持つ本作品を生んだ支倉凍砂さんに、経済のあり方を変えるであろう様々なIT技術についてお話を伺いました。


中世ヨーロッパ風の世界を舞台に、経済史や商取引などを題材にしたライトノベルとして話題になったライトノベル作品『狼と香辛料』。狼の化身である少女ホロと、青年行商人のロレンスが旅の中で経済をとりまく様々な事件に巻き込まれる同シリーズは、累計発行部数 426万部超えの大ヒット。本作を原作とした漫画やアニメ、ゲームが誕生したりと、現在も根強いファンを抱えています。

アステリアのブロックチェーン推進室室長である森も、この小説のファンの一人。今回は特別にご縁をいただき、作者の支倉凍砂さんとの対談が叶いました。経済的な要素を多く持つこの物語がどのようにして生まれたのか?支倉さんが考える技術や新しい経済の可能性は?など、直接ご本人にお話を伺います。

支倉 凍砂(はせくら・いすな)さん
小説家

第十二回電撃小説大賞銀賞受賞。おもな著作に『狼と香辛料』『マグダラで眠れ』『ビリオネアガール』『WORLD END ECONOMiCA』。VRアニメ『Project LUX』等も制作。

聞き手:森 一弥(もり・かずや)
アステリア株式会社 ブロックチェーン事業推進室 室長 ストラテジスト

アステリア株式会社 ブロックチェーン事業推進室 室長 ストラテジスト。2012年よりアステリア勤務。2017年3月までは主力製品「ASTERIA WARP」のシニアプロダクトマネージャーとしてデータ連携製品の普及に務め、特に新技術との連携に力を入れる。 2017年4月より新設されたブロックチェーン事業推進室にて実証実験やコンサルティングなどを実施。またブロックチェーン推進協会(BCCC)では技術応用部会を立ち上げ、技術者へブロックチェーンアプリケーションの作り方を啓蒙している。

「狼と香辛料」の着想は、中世の経済にまつわる実話から

本日はよろしくお願いします!前々から「狼と香辛料」の大ファンだったので、こうして直接支倉さんにお話を伺えるのを楽しみにしておりました。早速ですが「狼と香辛料」の物語の着想はどういったところから得ているんでしょうか?
もともと「経済的な仕組み」に関する話が好きだったんです。それと同時に歴史も好きだったので、中世の経済について書かれた本に夢中になっていた時期があって。中世のヨーロッパって、なんかゲームっぽくないですか?これを小説としてもっと掘り下げてみたいと思っていました。
確かに、ちょっとRPGっぽい要素はありますね!
なので、経済の話をまず書きたいというのがあって、そこに歴史とかファンタジーの要素を加えていった感じです。当時は経済を扱ったライトノベルってあまりなかったんですよね。

言われてみれば、貨幣として「金貨」なんかは登場するけど、全世界で共通のものが使われているというのが共通認識でしたね…。「狼と香辛料」ではひとつの金貨でも地域によって複数の種類があったり、その価値自体が変動するというのが新しかったです。
経済史にまつわる資料を2〜3年かけて読んでいくなかで、「そんなことあるんだ!」と面白いトピックを見つけて、それを題材に小説を書いていった感じです。

ただ、使いやすいネタがだんだんなくなっていって、物語が続くごとに扱う題材がどんどん難しく複雑になっていって… それで困ることもあるんですけど(笑)。
為替とか先物取引とか、どんどん経済色も強くなっていますよね。
そうですね。経済に興味が無い人でも理解できる経済の話、というのを目指して物語を書いていました。

2014年に出版した「WORLD END ECONOMiCA(ワールドエンドエコノミカ)」という作品では、株取引を題材にしていたりもします。時代背景は変わりつつも、経済的なテーマを小説を通じて届けたいという気持ちがありますね。

話題のブロックチェーンや仮想通貨についての見方は?

ここ最近話題の経済を取り巻く環境だと、ブロックチェーンや仮想通貨が話題ですが、このあたりも興味を持っていらっしゃるんでしょうか?
そうですね。ブロックチェーンについてはひと通り勉強していて、ブロックチェーンの技術自体は面白いと思っているんですが、未だに仮想通貨まわりでは完全に信用できていないというのが正直なところですね(笑)。

取引履歴は残っているにもかかわらず、未だに解決されない流出事件があったり… 技術が信用できないというよりは、仮想通貨の「取引所」が信用できないという感じです。
今は取引所も免許制度になり、金融庁の許可がないと開設できないようになっているので、昔に比べるときちんとルールに則っているところが多いのですが、まだまだ不安という方は多いですよね。ちなみに支倉さんは仮想通貨など持っていらっしゃるんですか?
僕は持っていないんですよ。やっぱりそもそも取引所を信用できないっていうのがあって。銀行とかがやってくれるなら買ってみようと思うんですけど。
既存のシステムよりもセキュリティは高いですし、誰から誰にどう送られたかという記録は分かるんですが、そのアカウントのアドレスが誰であるかまでは、その仮想通貨が現金(法定通貨)に正規の交換所で交換されないかぎり特定することはできないんですよね。

TwitterのCEOが「ビットコインが10年後には世界で唯一の通貨になる」というコメントを出していたりしましたが、こういう見解についてはどう思われていますか?
うーん、個人的には、そこまではならないのでは?という感覚ですね。 現時点では仮想通貨というものがあくまで「投機」の対象になっているので、例えば仮装通貨で家賃を払うとか、そんな風に身近な生活で使えるようになって初めて、新しい通貨と扱えるようになるイメージです。

出どころと出口がそれぞれちゃんと明確にあり、通貨としてのエコシステムができるまでにはまだ時間もかかるだろうなと

なるほど。そういえば「狼と香辛料」の最新刊で、大きな貨幣の流通が多くなって小銭が不足するという話がありますよね。ブロックチェーンで1円以下のやりとりができる「マイクロペイメント」みたいな考え方が当たり前になれば、そういったリアルな貨幣を使っているからこその問題は起こらなくなるのかなと思ったりもしました。

一方で、最近はブロックチェーンの技術を仮想通貨以外の分野で活用するという点が徐々に注目され始めていますが、その点はどうでしょうか?
そうですね。最近読んでいた本でも、ブロックチェーンをただのフィンテックの技術にすべきじゃないというのは強調されていました。

ちなみに素朴な疑問なんですが… 専門家の方から見て、「ブロックチェーンが具体的にこの分野でブレイクスルーするに違いない!」というのはあるんですか?

海外輸入とか輸出において膨大な書類を書く必要があるので、そういった場面で使うというのは一つ可能性としてあるのかな?とよく聞きますが‥ あとは最近よくある「文書の改ざん」みたいな問題も、きちんとブロックチェーンを使って記録していれば、確実に追えるんじゃないかとか。
どこで誰に何が渡って、というトレーサビリティにおいての活用はありますよね。 僕自身は、具体的にこの分野で、というのは明確に答えがあるわけではないのですが、この手の技術は「気付かないうちに裏側で使われている」というのが一番有力かなと思っていますね。

その技術を個人の利用者が「これはブロックチェーンで動いているんだ!」と気付くのではなく、気付かないうちに裏側で使われているのがブロックチェーンだった、というか。たとえば、皆が使うSuicaの裏側で、膨大なOracleが動いているとか… 日常でそういうのは気にしていないですよね、そういうことが技術として普及するのでは?と個人的には感じてます。

あとから振り返ったら、「なんであの時気づかなかったんだろう!」と思うような使い道もあるかもしれませんよね(笑)。

話はそれますが、昔の金貨はそれぞれの地域で別のものが使われていても、長い歴史の中でみんなが鋳潰して金の含有量を調べたり、そうした過程で結局どこの国も大体同じ金の含有量になったりと、それぞれの金貨の価値相場がちゃんと管理されていたんですよね。

今は投機対象と見られがちな仮想通貨ですが、その一択ではないと思いますし、今起きているような問題も歴史が解決するんじゃないかなとは思います。

ビットコインは「逸話」を生むのか?

ブロックチェーンもそうですが、やっぱりこうした新しい技術などが出てくると、次の作品の題材になったりするんでしょうか?
そうですね。ただ僕はどちらかというと経済をめぐる「逸話」みたいなものが好きなんです。たとえば、英ポンドの下落で二週間で二千億円も儲かった人とか、リーマンショックの下落に賭けて一年間で一兆円稼いだ人の話とか。経済はロジックで動いているはずなのに、何が起こるか分からない不確実性が面白くて。
支倉さんがビットコインをテーマに小説を書いたら是非読んでみたいです!
それはたまに読者の方から意見としてもらうんですよ。
ただこうした「逸話」の例で考えても、ビットコインまわりで動いているお金は金額としてもまだ小さいし、規模の大きな「逸話」もまだ少ないんですよね。こうしたエピソードが書籍になるのも実際に起きてから2〜3年くらいはかかってしまうし…。
うーん、確かに、今ビットコインで儲かった人を名前であげろと言われても難しいですよね。なんとなくちょっとアングラっぽいというか。
そうなんですよね。ただ「マイニング(※)」をしている人の話は面白そうだなと思います。中国でよく起きている、私有地を勝手にマイニング工場にしていたという話とか(笑)。

(※マイニング:ビットコインやイーサリアムなどの仮想通貨で、直近の取引情報を基にブロックを作成し、取引を確定させていく作業。膨大な量の計算が必要となるため、計算資源(= 実質としては電気代)を提供した者には報酬としてその通貨が与えられる)

中国の過疎地域は電力コストが低く気温も低いので、マイニングには向いているんですよね。そういえば、熊本県にある新電力会社の熊本電力がマイニング事業に参入したことも話題になっていましたね。太陽光の余剰発電を活用しているらしいのですが、発電量が余ってるならそれを使ってマイニングをしちゃおう!という発想も面白いですよね。
そういう話が色々と出始めたら、題材にしながら小説にできると思います。 僕は創作をする上では、過去の文献や学術書を参考にすることが多いんです。
学術書ですか!IT業界の人はSF映画を好んで見たり、技術の参考にしたりしていることが多いので、なんだか新鮮です。
僕は自分に才能がないと思っているので、才能のある人たちと同じ「ファンタジー小説を書くための資料本」みたいなものを読んでも、それより良いレベルのものが書けないんですよ。歴史的な文献とか学術書とか… とにかく誰も読んでいないような本を読み、それらを組み合わせることが、誰にも書けない物語を書く唯一の手段だと思っているんです。

それが創作においてプラスかはわかりませんが、自分にとってはそれが「自分は正しいことをやってる!」と思える信仰みたいなものですね。創作をする上で心が折れないようにするために。

なるほど。そうだったんですね。
そういえば「狼と香辛料」のタイトルも、学術書が由来になっているとか。
そうです、これはフランスの歴史家が書いた「金と香辛料」という経済史のタイトルをもじっていて。大航海時代に香辛料は金と同等の価値があったという話なんですが、物語のインスピレーションを受けたという背景があります。
ブロックチェーンの話から、ヨーロッパの経済史の話までお伺いできるとは。
これからも経済にまつわる様々なトピックを題材とした作品を楽しみにしています!本日は有難うございました。

編集後記

以上、いかがでしたか?
対談では、今回のブロックチェーンの話以外にも、VR(仮想現実)の技術やゲームに関するトピックで盛り上がる場面も!支倉さんは同人サークルでVRゲームなどもリリースされていたりと、小説にとどまらず、様々なコンテンツに携わられているそう。

今回の対談を通じて、ブロックチェーンや仮想通貨まわりの技術はもちろん、支倉さんの様々な分野への知識の深さに驚かされることばかり。代表作である「狼と香辛料」は中世のヨーロッパ風の世界を舞台としていますが、2014年に出版されていた「WORLD END ECONOMiCA」の舞台は近未来。経済や金融を軸に、様々なテーマをかけ合わせた作品を生み出されています。

世の中でいま起きていることやその背景、歴史、人。
そうしたものを徹底的に調べるスタンスがあるからこそ、多くの人の心を動かせる作品になるのだと思わずにはいられませんでした。

ビットコインやブロックチェーン技術を通じたイノベーションの行方も、支倉さんの新たな作品とあわせてご注目ください。最後まで読んでいただき、ありがとうございました!

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この記事を書いた人
in.LIVE 編集部 アステリア株式会社が運営するオウンドメディア「in.LIVE(インライブ)」の編集部です。”人を感じるテクノロジー”をテーマに、最新の技術の裏側を様々な切り口でご紹介します。